南無煩悩大菩薩

露の世は露の世ながらさりながら

2010-01-01から1年間の記事一覧

感じて謝す。

爾来 離さぬ抱夢 高野の山自らに問う 如何や度何や杉田川明滅す 数多の恩顧 有馬の灯謹啓奏上 駿河湾処至りて其処彼処 何処にも祝詞は 熱田の社-無山人 拝-

ともの効用。

人を愛しまたは十分に愛され、多くの深い友情を経験してきた人は、困難や逆境への耐性、つまり最後までへこたれない強さがあるという。 汝隣人を愛せよ。とは、自己にとっても大きな報酬を得られますよという奨めだ。 何かをしてくれるのではなくても、そう…

松籟。

落飾の木々 これ落葉泰然無色に帰す孤然と守る 松樹千年の緑山野を駆ける 木枯らしの風その松籟に 自然の将の声を聞く-無山人-

時空同位。

ジングルベル ジングルベル ジングルオードリー ヘップバーン。 何の意味もありませんが、今年も残り一週間とあいなりましてございます。 ああ、もうあと七日なのか。 イエスもアラーも仏陀も天照も鳥獣草木も、だれかれ問わず、年は暮れ年は明けゆく。

構図を決める。

似ている、光も空気も偶然も 誰かが余分に裕福になるということもなし ただただ相応を与えられるのみ 欲すれば機会均等、格差あるまじき

瞬時の明暗。

「はっきりとではなくても良いが、明確な語を使いなさい。」 と誰かに教わった覚えがある。 自分が発した言葉をどのようにして収穫したかを考える時間がもっとあれば、意味を明瞭にするという方向をもっと示せただろうに。 そう思っていることに対する準備が…

秘めたるや精魂。

うろおぼえだが、大塩平八郎と言う人物の話がある。 市井のたみ、民衆が飢饉と飢えで苦しんでいるのを見かねたその人は、お上の備蓄米を放出するよう掛け合う。 しかし一向に腰を上げない権力権益者に対し彼は蜂起する、いわゆる大塩平八郎の乱を起こす。 一…

もとは黙阿弥。

せりふがかっこよろしいなぁ。 知らざぁいって聞かせやしょう 問われて名乗るもおこがましいが 危ねぇその身の境界も 最早四十年 人の定めはわずか五十年 六十余州に隠れのねぇ 髪も島田に由比ガ浜 西国を 廻って首尾も吉野山 今日ぞ命の明け方に 消ゆる間近…

働くことについて。

「あなたが働くのは、自分自身の世界を見出し、そしてそれに心身を捧げるためである」-仏陀- 「・・精神の創造というべき労働の場合、外的な強制は無用にして有害となり、ある種の内的な強制がこれにとって替わる。未完成の仕事の光景は、ムチが奴隷を追いや…

ニーズとキー。

チャーミングなモンキーをみて、思い浮かんだ話がある。 時代は明治、東洋人に対する偏見と差別の中、一人の日本人がアメリカの地を踏んだ。 彼は横柄な青年にこう声をかけられた。 「ウィッチ ニーズ アー ユー チャイニーズ オア ジャパニーズ?」(あんた…

男心発心。

餓えながらも 乞うに堕することなく耐えながらも 言にあらわすことなく祝いながらも 驕に安んずることなく昂ぶりも 焦燥も 固く結んで 胸に置く幾瀬の忍従 都々の誉も 瞑目の内ただわれならん とほっするのみそんなひとにわたしはなりたい。

以上以外。

意志は無限だが実行は有限だ。欲望には果てしが無いが、行いには限度がある。-ウィリアム・シェイクスピア「トロイラスとクレシダ」より- 何かを選択し、実行するということは、それ以外の選択肢を却下することになる。 それ「以外」には出来ないということ…

時という相対の相似。

わたしだけが、来週に行くわけにはいかないし、 わたしだけが、今に居座るわけにもいかない。 石も木も人も世の中すべてが、連れもって行く。 だからそういものなんだろうと思うことはある。

風流。

嘘や誤魔化しは一切なしで、自分と対話することは可能だろうか?「図星」の指摘を受けると、狼狽し困惑するのは、我が事に対しての羞恥やもどかしさの隠蔽にある。アッケラカン に過ごそうと思えば、さえぎるものを取っ払っておかないといけない。自分との対…

偶像と実像。

彼らの偶像は金銀の 人の手になるものたちである 口はあるが話さない 耳はあるが聞こえない 鼻はあるが匂わない 手はあるが取らない 足はあるが歩かない のどから声をだすこともない それらを作った者たちはそれらに似ている それらを信じる者たちもみなそう…

老年について。

哲学者キケロはこう言っている。 「平穏にして温和な老年は、静かに、清く、優雅に送られた生涯の賜物である。」 又、カントはこう言った。 「慎ましやかに又親しく社交に加わり、元気に、解り良くものを言い、自らは加わらないが若いものの喜悦を真面目に庇…

永続性への変革。

不死鳥は、死なないのではない。 不死鳥は、500年に一度自分の巣で自らの火によって燃え尽き灰になる。 不死鳥は、その灰の中から再生復活するのだ。 つまり、不死鳥の永続性は、死によってこそ媒介される。 死の無い生はなく、明けない闇も無く、苦のな…

見出す価値。

はかないものと、とどまらないものとは価値を持つ。 それでいい、よりも、それがいい、ほうが価値を持つ。 ・・になった、ものよりも、・・となった、ほうが価値を持つ。 珍しいものが喜ばれる。果物も初物ならいっそうよいし、冬の薔薇なぞ、そりゃあ高値を…

望んで欲せず。

我々は我々が欲(ほっ)するものに用心しなければならない。すなわち、悲劇は希望が聞き入れられると起こる。-オスカー・ワイルド- たしかに、もういっぱい、もういっぱぁい、の欲することの過剰は、よせばいいのにぃ、の悲劇が必ず起きることを僕は知ってい…

枯れ葉よ。

今朝もあいも変わらず便所で新聞を読んでおったら、流行語大賞の記事が出ていた。 ゲゲゲの・・ だという。 後はよう覚えておらんが、「脱小沢」 は、受賞者が辞退したと書いておった。 おおよそ見当をつけてみながら、何かとしゃしゃりでたい、辞退の嫌いな…

あまねくほとけ。

なんまいだぶつ阿弥陀仏 なんまいだなんまいだ 数え切れぬが落ち葉も成仏。

つくばい。

真ん中の 口 を中心に、 吾 唯 足 知 という字になっている。 われただ足るを知る。 唐の詩人、蘆同は茶のたしなみをこう詠んだ。 「一椀はわが唇と喉を潤し、二椀はわが孤悶を破る。三椀はわが枯腸を探れども、そこに五千巻の文字を見出すのみ」 ちなみに私…

在りかたの妙。

よくわれわれの間で使われる表現だが、人生の深刻だが滑稽な出来事にまったく関心を示さないならば、われわれはそういう人を「茶気がない」というふうに評する。 逆に、人生につきものの悲劇的出来事を無視して、感情の赴くままにはしゃぎ、感情を抑えられな…

似ている二人。

アレクサンドロス大王の時代、ギリシャの哲学者にディオゲネスという人がいた。 頓着も欲も無い人で、家の代わりの大甕と拾った物を入れる頭陀袋だけで暮らしていたという。 大王の呼び出しにも応じず、仕方なく大王が会いに行き、挨拶をして、何か欲しいも…

ないのにあるもの。

ある光景を記憶に留めようと努めるなら、 それを見た後に一旦目を閉じて思い浮かべてみる。 目に焼き付けるというより、心に焼き付ける。 人の能力や技量を測るのは、再現性と反復性においてである、と誰かが言っていた。 ある話を記憶に留めようと努めるな…

散らかるとよいものとよくないもの。

私たちの脳はコントロールしてやる必要があるという。 本能としてもっている様々な事象に対応しようとする脳は、必然的に注意力の散漫を招き、集中力をそぐ方向に向かうらしい。 例えば本を読むということは、単一の静止した対象に向かい、切れ目なく注意を…

所得耐性。

1946年に、「J・R・ヒックス」という人が「所得」というものの定義をこう唱えた。 「コミュニティーがある一定期間だけ消費を続ける時、その期首と期末で経済的な豊かさを悪化させることなく消費できる最大限の物量」 国家でも、会社でも、家庭でも、…

みっつの実。

一つの実は必然ともいうべきもの、天。 一つの実は時候ともいうべきもの、時。 一つの実は関係ともいうべきもの、人。 この三つが一つになってダンスを踊るとき、 僕たちは、営為の「結実」ということの本当の意味を知るだろう。

路を目指す。

(浮世小路) (心斎橋筋) 大路(おおじ)を歩こが 小路(こみち)を行こが はずせないのが 人の路

晴れ渡る。

晴れ渡る空、流れる小川、色彩々の木々、澄んだ空気。初冬の一幅の借景の中を散策するわたし。小川には、橋がかかっていてわたしはそれを渡る。誰かがそれを見る。そして言う。みてみて、晴れ渡っている下を禿げ渡っている。