南無煩悩大菩薩

露の世は露の世ながらさりながら

2024-01-01から1年間の記事一覧

身の丈尺足らず

環境とは、誰にとっても自己以外のすべて。 宇宙とは、それとは反対に自己を含むすべて。 宇宙と環境との唯一の境界は、自己。 それは経験する観察者。

心は火のようなもの

(gif/original unknown) 心は火に似ています。 火はそれ自体では燃えませんし、これといった形もないものですが、火が付くというように、それが物に着いて初めてその体を成すようになります。 炭火があり、焚火があり、燈火などいろいろありますが、炭を取…

詠み人知らず

期待なしに人生を生きること具体的な結果を必要とせずに生きることこれが自由というものかもしれません。 句読点の入れどころがわからない。名言であるかどうかはわからないけれど一つの至言ではありそうだ。

一休さん

行く末に 宿をそことも 定めねば 踏み迷うべき 道も無きかな 今日はあそこの宿まで行って泊まろう、と思って急いでいるといかんせん、途中で道に迷ってしまった。結局そこまで行けず、ああなんてこった。 しかし、既定、予定、思い入れ、などの定めをするか…

往生際

腰かけて「みる」か。とは何事です。 腰かけてみるのも、腰かけるのも、結果においては同じじゃないか。 疑いながら試しに右へ曲がるのも、信じて断固として右へ曲がるのも、その運命は同じです。どっちにしたって引き返すことはできないんだ。 試みたとたん…

将棋

将棋はとにかく愉快である。 盤面の上で、この人生とは違った別な生活と事業がやれるからである。 一手一手が新しい創造である。冒険をやってみようか、堅実にやってみようかと、いろいろ自分の思い通りやってみられる。 しかもその結果が直ちに盤面に現れる…

善悪の弁

宇宙(自然)のことをおもえば、そこには決して悪と言うものはないのです。ただ過ぎるとと及ばざるとがあるばかりです。この過ぎたるところ、及ばざるところが即ち悪と言う。 また同じように宇宙(自然)のことは、別に善と言うものがあるのではありません。…

水月の関係

水面に月が映っている、月影が水底に宿っている、いま月光は水中に広まっているが、月が隠れると、水そのものにはなにも残らず、月も光も痕跡を残すことも無い。 いささかも執着の跡がない、このような境地を求める、これを水月の道場と言うらしい。人間に心…

苦は楽の種楽は苦の種

とはいうものの、 体験からいうと、辛いや痛いというのは何となく我慢のしようがあるのだけれども、苦しいというのはどうしようもなく苦しいのであります。

良寛さん

首を回らせば、七十有余年、人間の是非看破に飽きたり。 往来跡幽かなり深夜の雪、一炷線香古窓の下。

良寛さん

気性なのだろうか、立身出世なぞには全く気乗りせず、あるがままに生きている。 袋の中には三升の米、囲炉裏には一束も薪があれば、それで十分。迷いや悟り、名誉や利得ということを聞かれてもわしゃようわからん。 ただ、夜にかけて雨になった晩に、この狭…

良寛さん

良寛さんは、年とるにつれて、人々から尊敬されるやうになった。みんなは良寛さんを偉いお方だと思った。べつだん良寛さんは、人が驚くやうな大きな仕事をしたわけではなかった。良寛さんの偉さはじみで、目立たなかった。 ちょうど眼に見えないほど細い糸で…

いいね!をつける。

魂は抗議する。 「われわれは不運だ。これからどれほどつらい試練に堪えなければならないことか!肉体を満足させるためにどれ程いやなことをしなければならないことか!肉体は間もなく滅びるのに!」 ー「コレ・コスム」ヘルメス古写本より

好きな詩

勧酒、題からしてオッときます。 井伏鱒二さんの意訳がまたこれぞ、です。 蘇軾の春夜、春宵一刻値千金、声細細、夜沈沈、などもまたこれ韻を踏んで好きな詩です。

すきな言葉

落ち葉は風をうらまない。 座頭の市さんが映画の中で吐いたセリフです。 誰の言葉か同じような言葉に、 気に入らぬ風もあろうに柳かな。 というのもあります。 いつのまにかこんな言葉がシックリときてストンと落ちるようになりました。

天賦の才

先日の王座戦で藤井聡太王座に敗れた永瀬拓矢九段が、試合後のインタビューで語っていた言葉が印象に残っている。 藤井王座の強さを聞かれた永瀬九段は確かこんな風に答えていた。 「私たちは通常未来や将来といったものを考えるから恐怖心のようなものが先…

照鏡見白髪

出世しようと思うていたに どうかする間に歳ばかりよる ひとり鏡にうちよりみれば 皺のよったを憐れむばかり 也

なるようになる。

通天閣のビリケンさんは、こう紹介されていた。 “The God of Things As They Ought to Be” 万事あるべきままの神、ということらしい。

とはいうものの。

それにつけても銭の欲しさよ。

時と光

「時が自らについて考えている、それが光だ」。 そう書いたのは詩人オクタビオ・パスである。自省する時間こそが光となって出現する。深く示唆的な霊感である。 時間は見えない。刻々と時を刻む経過的時間を可視化するためにつくられた装置が時計である。時…

いつの世も

少年読者諸君に一言する。日本の政治は立憲政治である、立憲政治というのは憲法によって政治の運用は人民の手をもって行なうのである。 人民はそのために自分の信ずる人を代議士に選挙する、県においては県会議員、市においては市会議員、町村においては町村…

(カフクハアザナエルナワノゴトシ) フランツ・カフカは真実の道についての考察でこんな風に述べている。 「真実の道は一本の縄。別に高く張られているわけではなく、地上からほんの少しの高さに張られている一本の縄を超えてゆくのだ。それは人々がその上を歩いていくた…