南無煩悩大菩薩

露の世は露の世ながらさりながら

滝。



流水が滝となって落ちるためには、容易には浸食できない硬い岩盤がなければならない。

そう「なければならない」というのはそういうことである。

本当に謙虚な人は、他者が謙虚じゃないからといって憤慨したりはしない。そもそもそんなことで驕らないのが「謙虚」であるからだ。

善良勇気誠実努力協力などもそうだが、「なければならない」と他者に説きかつ求むるの不満は、自からが本当のそうでないことの謂いでもある。

滝は、そこに滝がなければならないからなったのではなく、なるべくして滝となり、観る者にとっての滝となるのである。